６、元寇 ー 山鹿・麻生氏の可能性 ー

                                             　　　 ２０２２．９．３

【はじめに】

　「元寇」とついて、どのようなイメージをお持ちだろうか。「四百余州を挙って攻め寄せてきた元軍を、全国の鎌倉武士が博多湾の防塁に拠って迎え撃ち、そのさなかに『神風』が吹いて元軍は翌朝には消えていた」あるいは「鎌倉武士の個人戦は、元軍の集団戦法や『てつはう』のような新兵器に全く歯が立たなかったが、折からの暴風雨で元軍の船が覆り、日本は自然の力により勝ちを拾った」のようなものか。私が学生の時に受けた歴史の授業は後者のような内容であったし、その後、新書や啓蒙書で読んだ内容も大同小異で、私はそれを疑うこともなく半世紀弱を過ごしてきた。

　ところが近年、元寇の研究は大きく動き出した。たとえば、服部英雄氏が２０１４年に出版した「蒙古襲来」（山川出版）は、根本資料となる「蒙古襲来絵詞」や「八幡愚童訓」を徹底的に文献批判し、京都の公家日記「堪仲記」等を第三者資料として活用して、元寇に新たなイメージを構築した。いや、新たと言っては、服部氏に叱られる。同氏の著作の言葉を借りるなら、「中山平次郎たちが今津にて防塁（石築地）を発掘し、記念講演会を開催した大正２年（１９１３）から１００年が経過した。本書では随所にて中山説の復権をはかる」と、戦前戦後の学者たちが無視してきた大正デモクラシーの学問の成果が見直されようとしている。これらの新研究を踏まえ、ほとんど記録を残さなかった山鹿・麻生氏がこのとき何をすることが可能だったか、当時の戦いの習慣などを踏まえて、わずかでもリアルに近づけながら、想像をたくましくて書き綴っていこうと思う。

１．文永の役前の山鹿・麻生氏の様相

　文永の役に関する史料はもともと非常に少ない。山鹿・麻生氏に到っては、江戸中期に成立した「北肥戦誌」「鎮西要略」など、軍記類と紙一重のものや「麻生系譜全」など、系図類への註記など不確かなものしかない。しかしながら、筑前国の武士が何もせずにすむはずがない。まずは諸先学の研究をもとに文永の役頃の概略を述べる。

  山鹿・麻生氏は得宗被官である。当然、元との交渉を拒絶し、開戦の道を選んだ執権北条時宗の意を体して積極的に働いたかと思われる。しかし、戦場での上司は地頭の北条氏ではなく筑前守護の少弐氏になる。

  少弐氏の惣領資能（覚恵）は筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬の五カ国いわゆる三前二島の守護であり、大宰少弐の地位にあって、名実ともに九州の責任者といっていい。ただし、資能は老齢で、少弐の職はすでに長子の経資が継いでいたと思われる。守護の大番催促により筑前国の御家人は家子・郎党を率いて守護のもとに参集する。惣領は守護のもとに出頭して到着したことを口頭で報告し、軍奉行が惣領の氏名、率いてきた者の名前・人数などを記録する。これを着到状という。着到・軍忠・相論など様々な手続きごとは、例え庶子が御家人であっても惣領を通して行うのが当時の習慣であった。

　文永の役前、九州の御家人は身分にかかわらず１年のうち１ヶ月、博多湾岸の防備に当たることになっていた。当然それ以外は本国にいるか、旅の途次にあったことになるが、一旦、「元軍襲来間近」との触れがもたらされれば、本国に戻っていた武士も所領を出立して博多に集結することになっていた。やがて、それは強化されて「異国警固番役」に発展し、鎌倉幕府が滅亡してもなお継続することになる。

　文永の役の前年、文永１０年（１２７３）１１月、少弐資能は豊前・筑前・肥前・壱岐・対馬の御家人領の把握のため、領内の武士の名字や身のほど・領主の人名を列記するなどした証文を持参して大宰府に到るよう命令を発した。山鹿・麻生氏は筑前国御家人として報告書を大宰府（守護所）に提出し臨戦態勢に入ったであろう。防備地は筑前守護の少弐経資の陣がある赤坂の警固所（近世の福岡城）だったはずである（まだ防塁はない）。　到着するとすぐに山鹿氏の惣領（「尊卑分脈」の政家がそれにあたるか）が経資に面会し、家の子・郎党の名や人数（騎乗三十～四十騎、郎党・所従百名ぐらいか）を口頭で報告する。軍奉行がそれを記録した後、山鹿氏惣領は自陣に戻り、改めて着到状を作成し提出する。軍奉行と惣領が提出した着到状に相違がなければ、少弐経資は着到状に「了承」および花押を書き添えて返却する。文永１０年以前なら１ヶ月の大番を努めた後、山鹿一族は所領の遠賀郡に戻ったかと思われるが、今は非常時である。そのまま滞陣したであろう。有力な庶家である麻生資氏は、父「資時」以来、少弐氏の通字である「資」を名乗っているので、少弐氏とは何らかの関係があったのかもしれない。

　山鹿・麻生氏の所領は遠賀川・洞海湾・響灘の沿岸にある。平時から舟運・海運が盛んな地であり、戦時には有力な水軍を組織できる。総大将の少弐経資は兵員・兵糧の輸送に山鹿・麻生の船を大いに活用したであろう。山鹿氏も遠賀郡の所領と赤坂陣の往復を船で行ったに違いない。

２．文永の役

文永十一年十月二十日、対馬・壱岐を攻略した元軍（通説では高麗軍を主力とする二万七千～四万人、服部氏は戦士・水夫とも各々約一万人前後だったとする）が博多湾に現れた。海戦が行われた様子はないので、日本側は赤坂・博多・箱崎等の要害を固め、守りに徹した戦術をとったと思われる。足場の悪い湿地帯を通過して隊列の乱れた元軍を、高地から弓射して撃退する予定だったであろう。赤坂（近世の福岡城）には大宰府警固所があり、総大将少弐経資が筑前・豊前勢を率いて陣を敷いていたと推定される。その四キロ東の博多住吉社には弟少弐景資が肥後・肥前勢を率いて遊軍となり、さらに東の箱崎には大友頼泰が豊後・筑後勢とともに博多を守る配置にあったと思われる。

【nippon.comから転載】

　博多湾を埋めた元船団の中から、まず一隊が早良郡百道の周辺に上陸し、三キロ東の赤坂を目指した。また他の隊は博多息浜や箱崎を襲った。景資率いる肥前・肥後の遊撃軍は、初め箱崎方面に向かったようであるが、すぐに引き返して赤坂方面に向かう。本陣の赤坂警固所が危うかったのである。

　百道の砂丘に上陸した元軍は、鳥飼・草香江の湿地帯を抜け、赤坂の高地に迫る。大量の矢を一斉に放つ面的制圧射撃を中心とする攻撃に、筑前勢は苦戦に陥り落城も間近に見えた。山鹿・麻生の将士もこの中にあって死力を尽くしていたはずである。だが、菊池（肥後）・白石（肥前）らの到着で形勢は逆転する。

　山鹿・麻生を含む筑前勢は壊滅寸前まで追い込まれ追撃に加わる余裕はなかったと思われるが、あるいはその夜、たった二隻で志賀島沖（「帝王編年記」）の元軍船団に夜襲をかけた百二十人の中に加わっていた可能性も皆無ではない。

　元軍は麁原山に陣取り、二十四日の大宰府合戦（「関東評定伝」）など、一週間近く戦闘を続けるが、ついに大宰府を攻略することができず、二十七日ごろ本国に撤退した。

玄界灘が荒れて補給路を断たれる前の決断だったが、皮肉なことに帰国途中に寒冷前線の通過により暴風が吹き荒れ、多くの船と兵（半数弱）を失った（「高麗史」）。

３．山鹿・麻生氏と石築地

　山鹿・麻生氏が石築地の築造を行ったことを語る史料は皆無である。だが、とりあえず関わったとして、どれほどの工事を行ったか試算してしみよう。幕府から示されたノルマは「田1反ごとに石築地１寸、石築地1０尺ごとに楯１枚・旗１流・征矢２０本」である。仮に山鹿・麻生氏の所領合計を三百五十町と仮定すると、「長さ３５０尺（１０５メートル）の石塁を、筑前国が担当する博多津に築き、楯３５枚、旗３５流をその上に並べ、矢７００筋（本）を備えなければならなかったことになる。楯の陰には３、４０騎の重装の武士と百人ほどの軽装の郎党や若党が控え、元軍の来襲を待ち構えていたであろう。所領が勤仕地に近いこともあり比較的気軽に往復できたと思うが、海賊的武士として舟を多く持っているがゆえに、自分の担当地域以外の石や兵糧の運送にも協力せざるをえなかったに違いない。もしかすると山鹿氏を主将、麻生氏を副将として、両将が一ヶ月交代で勤番してお互いの負担を軽減したかもしれない。（絵は、生ノ松原防塁前を行進する竹崎季長）

４．遠賀郡黒崎の防塁について

 　麻生氏の所領があった八幡西区黒崎に石築地があったという伝承がある。近世の黒崎築城や埋立工事により破壊し尽くされているので、将来的に出土するとも思えないが、存在したとすれば、それを築いたのは山鹿・麻生氏ではなかったはずである。当時の軍制では、御家人は国の守護のもとで従軍するのが奉公であり、いかなる理由があっても参陣しないわけにはいかなかった。異国警固番役もその延長線上にある以上、麻生氏は博多津での防衛と石築地築造に当たらざるを得ない。では、黒崎を含む遠賀郡は誰が守るのか。「康永二年出雲孝景文書目録（千家文書）」に「一、黒崎（で石を）受け取り」とあり、出雲国の武士たちが黒崎方面の防衛を担っていたとする説もある（相田P373）。しかし、出雲国が担当した長門警固番役は、下関周辺の石築地の築造と補修およびその場での戦闘が役目であるから、筑前国黒崎に石築地を築くのは不自然である。さらに、元寇防塁の築造場所は、文永の役で元軍が上陸した砂丘上に限定できる。

　筑前黒崎の場合、まず、兵員を積んだ元軍の母船（中央の大きな船）は洞海湾または江川を通過せねばならぬが、どちらも水深が浅すぎて航行が困難で、兵員を運ぶことができない。次に、当時の黒崎は湿地帯あるいは葦原で上陸用舟艇であるバートル船（右中央の小舟）が接岸する場所がない。かといって中途で船を降りようものなら泥に足をとられて戦闘どころではなかっただろう。最後に、万難を排して上陸し麻生の武士団を蹴散らしたとしても、元軍が攻略するものがない。博多湾の防塁は徹頭徹尾、大宰府の施設を守っている。そこには大量の武具と兵粮が備蓄してあり、これを奪わずして長期の作戦を継続することができないので元軍は必ず来る。だから防塁を築造する必要性がある。ひるがえって遠賀郡は筑前国の辺境である。奪えるものは若干の塩と木炭と馬ぐらいのものだ。大兵を送って占領するだけの価値はないから元軍は来ない。だから防塁を築く必要はない。限られた人員と物資をいかに有効に活用するかが戦略の根本である。どんな凡将でも黒崎に石築地を築け」という命令は出さなかったであろう。

　幕末の攘夷運動や明治・大正の大陸進出の空気の中で、西国の民衆は元寇の物語を誇りにし、己の故郷に元寇遺物を作り上げた。学者達はその誤りを指摘したが、多くの民衆は耳を貸さなかった。そんな時代の空気の中で、「黒崎にも防塁があった」という伝説が育まれていったのかも知れない。

５．異国征伐

　 相田P140～147  川添「中世九州の政治と文化」P121

　健治元年（１２７５）４月、元使杜世忠らが長門国室津（山口県下関市）に着き、８月に鎌倉に連行、９月に龍ノ口で斬られた。元の再襲は必至である。緊張が高まった幕府の中から、元軍が行動を起こす前に健治２年（１２７６）３月を目途に高麗を制圧し、遠征を阻止しようとする構想が浮上した。

　建治元年１２月、安芸国守護武田信時に異国征伐に関する関東御教書が出され、少弐資経の指揮の下、博多を根拠地として、明年３月を目途に異国征伐を行うこと、鎮西で水手が不足した場合には山陰・山陽・南海各道から調達するため、御家人・本所を問わず水手を募って博多への派遣準備を進めるようにという内容であった（建治元年執権北条時宗・連署北条義政関東御教書案「東寺百合文書」）。おそらくこの御教書は同時に中国・四国の全守護に送付されたであろう。

　翌年の３月５日、豊前国守護大友頼泰は、同国御家人野上太郎資直に対して、所領の分量、船舶数と艪数、水主・梶取の名前と年齢を書き上げ、４月中旬には博多に回漕すること、ならびに兵員の年齢や装備を書き上げるよう指示をしている。また３月１０日には豊前国守護少弐資経が同国深江村への文書で、高麗に発向する者以外が石築地の課役を負担すると述べている。おそらく鎮西九カ国のすべての守護が同様な準備を行っていたと考えられ、肥前・薩摩では出陣命令が下されていたこと、肥後では書上は提出されたが準備は遅れていたこと等が確認される（武雄文書・薩藩旧記雑録等）。だが、異国征伐が実施された記録は皆無である。おそらく中止されたに違いない。

　理由としては、守・攻の両面作戦はやはり負担が大きすぎたこと、本土での防衛戦争ならともかく、海外で戦争を行うことは当時の人々の意識や理解を超えていたこと、本所一円地からの動員に対する反発が大きかったことなどが予想される。これらの調整や根回しをしているうちに、大陸からは元の使者が到来し、さらに唐房（日本内のチャイナタウン）からは再襲来の情報が頻々ともたらされるようになった。幸い、異国征伐のための戦備は容易に博多湾防衛に転化できる。史料には見えないが、幕府の戦争方針はある時点で防衛に一本化されたはずである。

　この後、北条氏の一族が守護に新任され九州に下向する。かつては北条氏の独裁の根拠とされた事象だが、元襲来の正面である三前二島の御家人を指揮するのは、少弐氏だけでは荷が重い。幕府中枢とのパイプを持ち、恩賞給付に保証を与えやすい（即ち武士の士気も上がる）北条氏の人々こそ対蒙古戦の司令官にはうってつけである。少弐氏も潔く認めざるを得なかったであろう。

  高揚した士気は石築地の工事を活性化させ、博多湾沿岸は急ピッチで要害化されていく。おそらく海賊的武士団であるが故に、異国征伐に志願あるいは動員されていたであろう山鹿・麻生の将兵も、宗像氏や糸島の松浦諸氏と競うかのように博多津に石塁を積み上げていったと思われる。

　わずか半年の後、石築地は完成した。

６．弘安の役  　ー 服部氏の「蒙古襲来と神風」に沿って ー

①東路軍、志賀島に上陸

　健治元年（１２７５）４月、元使杜世忠らが長門国室津（山口県下関市）に着き、８月には鎌倉に連行、９月に龍ノ口で斬られた。弘安２年（１２７９）、南宋は滅亡した。絶対的優位に立った元は、周福らを招諭使節として派遣するが、６月博多において斬られた。開戦は必至である。鎮西の武士たちは所領を立ち博多湾に急行した。今回は御家人だけでなく本所一円地（王家や公家・寺社の領地）の武士も動員されており、おそらく２～３万人の武士が元軍を待ち受けたと思われる。

　日本側も反撃に出る。６月６日、筑後の草野次郎経永や伊予の河野通有が停泊する元船に夜襲をかけ若干の戦果を上げた。８日には陸（海の中道）から豊後の大友一門の軍勢が、海から肥後・筑後・筑前勢が志賀島や能古島の東路軍を攻撃して洪茶丘勢を破るなど善戦したが、志賀島を奪還するには至らなかった（「高麗史」）。

　同じ頃、３００余艘が長門国を襲ったという情報が京都の公家の日記に記されている（弘安４年６月１６日「勘仲記」「壬生官務家日記抄」）。あるいは東路軍の分派ではなく、当時合浦に来ていた高麗王の直率軍であった可能性もあるが、このことから元軍の大戦略が浮かびあがってくる。

　すなわち、東路軍は対馬・壱岐を海上輸送の拠点としながら志賀島を占領して博多湾を封鎖、高麗王軍（あるいは東路軍の別働隊）は関門海峡を占拠して鎌倉・六波羅との連絡を断ち、江南軍１０万が孤立した大宰府を攻略しようとしたものであろう。

　博多湾岸では大規模な合戦が続き、３日に１度は大宰府から六波羅に早馬が立てられた。残念ながら我国の一次史料で、志賀島上陸前後に博多湾岸で合戦があったことを記したものはないが、限られた兵糧を無為に費やして日を送るほど、高麗軍首脳が無能であったとも思えない。志賀島を根拠地に今津・姪浜・百道原・博多津・箱崎・香椎に圧迫を加え、海の中道においても激戦が続いたであろう。中国側の「汎海小録」では「（日本兵士を）１０余万人を殺獲し、太宰藤原少卿弟宗資を擒にした」と蒙古軍の圧勝が記される。誇張があるにせよ日本軍の苦戦が伝わってくる。しかし、鎮西の武士の奮闘と石築地は、博多・大宰府をなんとか守り通したのである。

②　壱岐奪還作戦

　東路軍は志賀島の占拠には成功したが、九州本土への上陸は阻止された。１万人近い兵士と１万７千人の水手を養う兵糧も耕地も志賀島にはない。当然、兵員・武器・兵糧の補給は高麗から対馬・壱岐を経て海路で行われる。日本側も要塞化された志賀島への正攻に困難を覚えたのか、６月２９日から７月２日にかけて、肥前国御家人（一部薩摩国御家人を含む）を主力として壱岐を攻撃する（「比志島文書」「龍造寺文書」等）。後方拠点である壱岐を攻めて志賀島を孤立させる作戦であろう。しかし、博多湾はよく言えば対峙、悪く言えば封鎖されている。

　６月２９日、松浦党、彼杵、高木、龍造寺氏など肥前の軍勢が手薄なはずの壱岐を攻めた。ところがそこには志賀島で大友勢と戦った張成の部隊が、兵員の補充と休養のためにたまたま停泊しており戦闘が始まった。この戦闘で薩摩の御家人・島津長久や比志島時範、松浦党の肥前の御家人・山代栄や舩原三郎らが奮戦し活躍したとある。

　７月２日、再び日本軍は壱岐に来襲、瀬戸浦に上陸し激戦となった。日本側の「官務家日記」は壱岐島の戦いにより、元軍が壱岐島を放棄撤退したと記しているが、元側の「張成墓碑銘」では、張成はこれを退けて多くの武器を獲得し圧勝したとある。日本も元も勝利を謳っており、この後壱岐をどちらが保持したかは不明だが（その後も元軍は志賀島に滞陣しているので日本の攻撃は失敗した可能性が高い）、元軍にとっては補給路が脅かされたことに間違いはなく、この後の戦略に影響を与えた戦いであったと思われる。

③　江南軍、鷹島へ

　３万人（武士１万人・郎党２万人）が待機している博多湾に、東路軍兵士１万人で勝利することは難しいが、江南軍が加われば戦士の合計は４万７千人で元軍は一気に優勢になる。江南軍首脳部の交代等の事情から江南軍の出発は遅れたが、七昼夜かけて（つまり７月初旬に）平戸島に到着した。折しも壱岐奪還作戦が実施されており平戸は手薄だった。小規模な合戦があったに違いないが、日本側には記録がない。さらに東進して鷹島に進んだのは中旬か。７月２７日、志賀島・壱岐で奮戦した張成の部隊が合流した（通説では東路軍の全軍とされてきたが、竹崎季長らの肥後勢は依然生ノ松原に布陣して志賀島の元軍を警戒し鷹島に兵を進めていない。張成隊は連絡のための一部隊とみるべきである）。同日、鷹島沖に停泊していた元の艦隊に、日本の軍船が攻撃を仕掛けて海戦となった。戦闘は日中から夜明けにおよび、夜明けとともに日本軍は引き揚げていった。

　この鷹島沖の海戦についても日本側の史料は残っておらず、戦闘の詳細については不明である。「官務家日記」７月１２日条には「異国賊船等退散之由風聞」とあって、蒙古軍は退散したとの風聞に京都は沸きたったようだ。元側の記録「張成墓碑」では「皆戦敗之獲器仗」とやはり勝利を謳っているが、この戦闘により招討使忽都哈思（クドゥハス）が戦死するなどの損害を出している。元軍は博多湾で東路軍と合流して大宰府を攻略する予定だったが、戦闘による損害のためか進軍を停止した〔元史〕。

④台風来襲、その後　志賀島合戦・鷹島合戦

　３日後の閏７月１日（元の暦では８月１日、グレゴリウス暦では８月２３日）、西日本一帯を大型の台風が襲う。「上古からの記録を見ても三指に入る激しさ〔一代要記〕」で、コース・規模としては近代の洞爺湖丸台風・枕崎台風などが近いとされる。蒙古襲来絵詞の大船は３００トン程度に過ぎないから、かなりの損害を受けたのは間違いないだろう。ただし、「日・元両軍が」である。実際、志賀島への反攻は同月５日（筑前・豊前・豊後・肥後他）、鷹島反攻（肥前他）は７日になった。日本側も風波による損害が大きく、船が決定的に不足しており、下図のようにひらた船まで動員して追撃しなければならなかった。。

竹崎季長一行は自前の船が間に合わず、所属を偽って定員オーバーの関東使船に乗せてもらったが、嘘がばれて安達配下の小田部船、さらにその端船（季長は乗船を拒否されボートに降ろされた）を転々とし、最後に菊池たかまさの船にかろうじて自分一人が乗せてもらって（当時の武士が従者無しというのは異例中の異例である）戦場に向かわねばならなかった。

　なお、この時季長らが向かったのは従来鷹島とされてきた。だが、服部英雄氏は「蒙古襲来絵詞」を詳細に検討し、季長らが出陣したのは生の松原であり、その日の夕方には帰陣して安達盛宗の首実検を受けていることから、１４０km以上離れた鷹島での参戦を否定し、志賀島合戦に向かったと結論した。従うべきであろう。博多湾にはまだ東路軍が残っている。

　だが７月５日まで残っていたのは、船が損壊したり沈没したりした隊や船に乗れなかった隊など一部だったのではないか。弘安の役における東路軍（高麗軍）の未帰還者は三割未満で、台風後の混乱があったにしても、日本の強襲にたやすく打ち敗れる規模ではない。

　おそらく東路軍首脳は台風明けの早い段階で撤退を決意し、逃げ遅れた隊が日本軍の追撃を受けたのだろう。この戦闘により日本は博多湾の制海権を回復し、松浦方面に兵を送れるようになった。

　七月七日、肥前国御家人や豊後・薩摩他（博多湾から回漕したか）の軍により、鷹島の江南軍が襲われる。すでに四日前（元史は二日前）に総司令官范文虎の司令部は、頑丈な船から兵を降ろして代わりに自分たちが乗り込んで真っ先に逃亡していた。指揮系統は崩壊し兵船の逃亡が後を絶たない。戦闘は鷹島に取り残された兵士や傷ついて取り残された少数の兵船との間で行われた。それでも戦いは当初互角で日本側にも多数の死傷者が出ている〔都甲文書・比志島文書〕。

　だが、西九州一帯に分散し総司令部も失った江南軍である。組織的戦闘は長くは続かなかった。例えば鷹島では、２千人が島に取り残され、兵の選挙で管軍百戸の張成を元帥とし、木を伐り船を建造して撤退しようとするなどの動きが見られたが、結局水と食糧が尽きて降参するほかなかった。

　東路軍の未帰還者は２万７千人のなかの７千人「高麗史」、江南軍は史料によって大差あるが、６万～９万人が帰らなかったとされる。

　「十万の衆で帰り得た者は三人だけだった〔元史〕」「蛮軍（江南軍）は皆溺死した〔高麗史〕」と記される大敗戦であったが、元史列伝には複数の帰還将軍の事歴が書かれている。東路軍より帰還率は低かったものの、決して全滅したわけではない。捕虜は「蒙古・高麗・漢人（北部中国の兵）は悉く殺され、新附軍は唐人と見なされ殺されず奴隷とされた〔元史〕」、「日本は工匠や田をよく知るものを選び出し、それ以外は殺した」とされるが、弘安４年９月１６日の「豊後守護大友親時奉書〔野上文書〕」には捕虜が御家人達に預け置かれていたことが記されている。大阪府和泉市の森光寺の大般若経からは弘安九年には富豪となっていた「大唐国江西路瑞州軍人何三於」の名も見られる。さらに弘安の役から１１年後の正応５年（１２９２）には、高麗国王から「貴国（日本）は捕虜を殺さずに生かしてくれた」との感謝の国書がもたらされている。外交辞令だから鵜呑みにはできないが、むやみに捕虜を殺し尽くしたわけではなかったようだ。軍事や農業の技術を持つ者はテクノクラートとして優遇され富豪になることもできた。単純労働力の需要も少なくなかっただろう。時代は人権思想の発現前で、勝者の権限として捕虜の生命を奪うのが世界のスタンダードだったから、捕虜の待遇を評価しても無意味ではあるが、技術的後進国だった日本が、先進国の中国・高麗の人々の生命を、勝者として意味もなく奪う余裕はなかったであろう。

７．山鹿・麻生氏への恩賞

　文永の役は基本的に博多湾岸での陸戦であったが、弘安の役のほとんどは海戦である。戦場に近い海賊的武士団であった筑前国の山鹿・麻生氏や宗像氏、糸島の原田氏や松浦庶家、肥前国唐津の草野氏や松浦党はそれこそ骨身を惜しまず働いたであろう。石築地の石材・兵糧・人夫・兵士の運漕、博多湾岸での防戦、戦闘後の補給、壱岐・志賀島・鷹島への兵員輸送と戦闘など、いかなる場面においても山鹿・麻生氏らの尽力が求められたはずである。だがこの時期、山鹿・麻生氏に恩賞が宛て行われた形跡はない。それは、この戦いで敵から得たものがなく、恩賞のハードルが異常に高くなったからである。

　ところが、弘安８年（１２８５）11月、鎌倉で霜月騒動が起こり、その影響で守護の少弐氏を中心に九州御家人の間で岩門合戦を誘発、少弐景資方は敗れ、多くの闕所地が生じた。元寇の恩賞地に窮していた幕府は、その一部を不足していた恩賞に充てたと考えられている。

　合戦における恩賞は通常、分捕（敵の首を取ること）・討死（戦死）・手負（戦傷）・先駆などの軍功に対して行われる。軍功は、鎌倉の初めの頃は敵を討ち取った者が大将のもとに赴き、分捕った首などを示しながら口頭で戦果を報告していたが、合戦が大規模化するにしたがって指揮官が対応することができなくなり、軍忠状が作成されるようになったとされる。（ちなみに、最古の軍忠状は弘安の役の際に薩摩の御家人比志島氏が壱岐・鷹島での戦闘を報告したものである。）（勤務評定26）

　軍忠状に書き上げられた内容は、敵を討ち取ったことや生け捕りにしたこと、本人やともに戦った一族郎党（時には愛馬）の死傷など様々であるが、あくまでも申請者の主張であり（恩賞目的で誇張されることが多かった）、受け取った大将がそのまま認めるようなことはなかった。軍奉行が陣に赴き、死傷の状況をチェックしたうえで実検帳に記入し評価する（傷の浅・深など）。だが、先駆や追捕などの行為については確認のしようがないので証人が必要とされた。武士は朋輩と戦闘前に互いに証人になることを約束しあってから参戦した。混戦になって証人とはぐれたときは、その場で他の人に証人になることを依頼することもあったようで、これを「同所合戦の仁（輩）」という。なお、一族や郎党は信憑性に乏しいので証人になれなかった。

　当時の戦いは食糧・戦費・武具等は自弁が原則なので、参陣しただけでは大変な赤字になってしまう。武士達は名誉のためだけでなく、経済的な理由からも大いに軍功を上げる必要があったのである。最も大きな軍功は本人の戦死、ついで分捕（敵の首を獲ること）であった。周知の通り、元寇は日本国始まって以来の大規模戦争で、戦功を立てた者は（戦死した者も）、おびただしかった。しかも外国との防衛戦争だったので、恩賞地となるべき敵からの没収地は皆無である。よって恩賞はインフレ状態になり、文永の役では、分捕・討死の１２０名しか恩賞を得ることができなかった。弘安の役でも事態は変わらない。勝利はしたものの与えるべき土地はなく、幕府は将軍家御料所までを恩賞として準備した形跡がある。

　特に弘安８年の霜月騒動は、九州の岩戸合戦を誘発し、元寇合戦で活躍した安達泰盛の嫡男盛宗（肥後国守護名代）や総大将少弐資経の弟少弐景資（文永の役で日の大将と呼ばれた）が討たれ広大な所領が没収された。第１回の恩賞沙汰が翌弘安９年に始まるのは偶然ではあるまい。

　弘安の役から２６年後の徳治２年（１３０７）まで恩賞の沙汰は７回にわたって行われるが、この中に山鹿・麻生氏の名は見いだせない（ちなみに隣の宗像社大宮司長氏は正応２年３月１２日に神崎庄の田地５町分の配分を受けている〔宗像社家文書惣目録〕）。

　かろうじて戦国末期に成立した「麻生氏竪系図」の麻生資氏註記に「蒙古を捕らえ、首は芸州小早川が同意と云々」とある。明治期に成立した「麻生系譜全」の麻生資時註記では「弘安四年蒙古国九州に責め来たる。天然の暴風発り、蒙古の船覆る。軍勢、船に乗り込み、敵の数首を討ちとる。比類なき手柄なり。皇、ご満悦す。皇、本朝の神祇を天拝し、御心は御備えを願い、御鉾を賞と為して資時、資氏に下し賜る」とずいぶん長い尾ひれだが、どちらにせよ恩賞地を与えられたようには見えない。

　幕府からは「兵船による海上の合戦は特に不利であるから行うな〔鎌倉幕府追加法弘安７年１１月～８年１１月〕」との指示が出ているので、海上の戦闘で敗戦したか、大した戦果を挙げられなかったのかもしれないが、それにしても評価が厳しい。あるいは田畑以外の権益（海や川の収入）を与えられのかもと勘ぐりたくなるが何も証拠はない。　　

まとめ　元寇が山鹿・麻生氏に与えた影響

　先述したように鎌倉時代の武士社会は惣領制を基本としていた。源平の争乱や承久の乱のような大きな戦いがあった時代は、右肩上がりに拡大していく一族の領地を、惣領が庶家に分配することが可能だったので、惣領の地位と尊敬の念は高かった。しかし、平和な時代が続くと、領地は増えないのに子孫は代々増え続け、土地は細分化されて収入が減り、武士としての体裁が保てなくなってくる。熱心に田畑の開発に取り組んでも、当時は開発技術が限界に達した時代であり、努力に見合った収穫は望めない。全国的にパイの分け前をめぐって一族の中で争いが起こり、惣領が荷担して所領を横領したり、相論（裁判）になったりするようになった。

　元が攻めてきたのはそんな時期である。庶子から見ると、元寇で希少な恩賞が下されても、それは惣領の名で与えられるので、自分の戦功が惣領に横取りされたのではないかと感じるし、恩賞の沙汰がなければ、惣領が自分の功績を幕府に報告していないのではないかと疑う。元寇を機に惣領制はいっきに崩壊に向かう。

　　山鹿・麻生氏もこの時代の波をまともに受けることになる。もともと有力庶家として独立性が高く、筑前国守護少弐氏と関係が深かった麻生氏である。鎮西探題北条氏と少弐氏の争いや規矩高政の乱において、麻生氏は複雑な行動を見せ、｢鎮西要略｣で山鹿惣領家との足並みの揃わなさを「兄弟の仲の悪さ」と評されているが、すでに惣領のくびきを離れ、別の家として行動していたと見る方が理解しやすい。