『麻生文書』１号の時代

ー宝治合戦の影響 ー

2023.5.6

　はじめに

　麻生氏は関東から下向したいわゆる「関東下り衆」の一氏族である。

　平家滅亡直後に一品房昌寛の眼代（所領の代官）として、源頼朝・政子・北条義時の関東御領・得宗領の経営に参加し、昌寛家没落後も地頭代として筑前国遠賀郡内で地頭代を務めた。

　南北朝期には足利尊氏とともに新田・楠を湊川に破り、以後、室町将軍のもとで奉公衆を務め、戦国期には大内氏傘下で国衆筆頭となる。

　北部九州屈指の有力武士団として活躍した。遠賀郡の中世史はこの氏族の歴史が根幹をなしている。

　しかし、鎌倉時代の麻生氏の史料はわずかに安堵状３通に過ぎない。
　本稿ではこの『麻生文書』所収の３通からわかることを、北九州歴史博物館が平成１３年に発行した『中世史料集　筑前麻生文書』の解説を紹介しながら、各文書が出された年に京都・鎌倉や麻生庄の近隣で起こったことを並べて、鎌倉時代の遠賀郡の空気を感じようと思う。

１．建長元年北条時頼袖判下文

①【麻生文書１号　建長元年（１２４９）　北条時頼袖判下文】

【書き下し】
（北条時頼花押）
下す　小二郎兵衛尉（麻生）資時 
早く筑前国山鹿庄内麻生庄・野面庄･　上津役郷三箇所地頭職代と為さしむべき事 
　右の人、親父二郎入道西念の今月日譲状に任せ、彼職として沙汰を致さしむべき状くだんの如し
建長元年六月二十六日

　袖に推された花押は、北条時頼のもの。これにより、山鹿庄の正式の地頭職が北条氏の手にあったこと、その地頭代に任じられた麻生資時が北条氏の被官であったことが分かる。

　『尊卑分脈』では、「資時」は「時家の次男」、「家長の弟」としてみえ、「鹿生」の姓が与えられているが、これはもちろん麻生の誤りである。山鹿庄の地頭代職の多くは、山鹿家長が父時家＝西念から受け継ぎ、山鹿庄内の一部である麻生庄などが資時に譲られたものであろう。

　山鹿庄は遠賀郡内山鹿郷の郷名を負ったもので、内部には麻生庄などの荘園公領を含みながら郷荘として成立していたことが分かる。麻生庄は戸畑から枝光にかかる付近に広がっていたと考えられている。

　注目されるのは下文の宛名に「兵衛尉」の官職が明記されていることである。後世とは異なり、この当時は官職を私称したり世襲したりする習慣はないので、資時（あるいは父西念が生前に準備していたか）は成功（じょうごう）によりこの職を手に入れたはずである。その価格は７千疋（７０貫文）といわれ、現在の価値に直すのは難しいが、約３千万円に相当すると思われる。つまり、宇都宮系山鹿氏の庶家に過ぎない麻生氏ではあるが、兵衛尉を買うことができる程には富強であったことを示す。おそらく惣領の山鹿氏はその上の衛門尉に任官していたと思われ、筑前国内ではトップクラスの有力武士の一人であったと考えられる。   
【尊卑文脈麻生系図】

２．宝治合戦の影響

　ちなみに建長元年（１２４９）は、宝治合戦（元年：１２４７）の２年後である。
　

（上は法華堂近くの三浦氏のやぐら《墓》）

　承久の乱以降、三浦氏は将軍家領宗像社預所として北部九州の海に強い影響力を保持していたが、宝治合戦での敗滅により一挙に権益を失い、やがてそれは北条得宗家に塗り替えられていく。響灘・玄界灘航路で宗像氏とつながる山鹿（麻生）氏がこの動きに無縁であったとは思えない（後述）。

３．建長大火

　九条家・三条家・西園寺家など、遠賀郡近辺に所領をもつ貴族も被災したはずで、その復興費用は遠賀郡近隣の荘園に重くのしかかったはずである。

４．時頼の政治改革

　時頼の威光を無視して三浦氏を攻撃する安達氏を掣肘することができなかったなど、その勢威は盤石とはいえず、独裁というより寡頭制に近かった。
　また評定衆の下に引付衆を設置し、訴訟や政治の公正や迅速化を図ったり、京都大番役の奉仕期間を半年から３か月に短縮したりするなど御家人との融和政策を採用した。さらに、庶民に対しても救済政策を採るなどして積極的に保護する方向を打ち出している。
　これは北条義時・泰時から続く執権政治と特徴とも言えるが、意地悪く見れば、摂関家や源氏一門、大豪族にくらべて家柄が低く血統だけでは自らの権力の正統性を欠く北条氏は、撫民・善政（徳政）を強調し標榜することで、支配の正統性を得ようとしたとも見える。

  宝治合戦・建長大火の後の復興や時頼の政治改革などで、幕府・六波羅はこの時期大わらわであったであろうことは、容易に想像できる。その中にあって得宗被官として３代にわたる麻生氏の存在は、時頼ら幕府首脳にとって心強いものであったに違いない。

５．三浦氏の没落と宗像氏の反撃

　遠賀郡近隣に目を向けてみると、宗像郡では宗像氏経が１２３１年に所領所職を息子の氏業に譲り、さらに１２３６年に大宮司職を辞職しているが、この年（１２４９）に還補したが、同年大宮司職を再び氏業に譲っている。
　宗像社領は承久の乱後，「将軍家御領」となり，預所は三浦常村であった（石井進「九州諸国における北条氏所領の研究」，『石井進著作集』五）。三浦氏は義村・光村など，「村」を通字とする。常村も一族であろう。
  宗像大宮司（氏経・氏業）は，建長年間、二度にわたり綱首謝国開（小呂島地頭として有名な謝国名の子）や三原種延を訴えた。その背景には宝治合戦による三浦一族，および前預所代（三浦）常村の没落がある。宗像大宮司は三浦一族の没落を好機ととらえ反撃に出たのである（その後「小呂島」は宗像社領と認められた）。
（服部英雄「博多の海の暗黙知・唐房の消長と在日宋人のアイデンティティ」）

　山鹿・麻生氏は海の豪族であり、大陸や朝鮮半島との交易を業としていたことに疑いはない。しかし、地理的には宗像の勢力下の海路を利用するしかなく、両者は一蓮托生の関係にあるといっていい。宗像氏の三浦氏への反撃は、得宗被官麻生氏にとっても利のある行動と映ったであろう。

　【山鹿・麻生氏の朝鮮交易航路予想図】

※ 沖ノ島航路は室町時代には利用されたが、鎌倉中期に可能だったかは不明

まとめ

　麻生資時が父の地頭代職を相続した時、

１．京都の大火からの復興のため、遠賀郡の近隣でも公家寺社領に臨時税が課せられたと思われる。山鹿・麻生氏の「山鹿庄」も九条家の領地であり、例外ではなかったであろう。

２．二年前の宝治合戦により三浦氏の影響力が低下したため、宗像氏は預所の三浦氏とつながりのある博多綱首の謝氏を相手取って訴訟を起こした。
幕府はそれを認め、「小呂の島」の領有を認めた。山鹿・麻生氏もこの流れに乗って朝鮮との交易は有利になったはずである。

３．京都の大火や宝治合戦、政治改革などの混乱の中にあって、父祖義時からの被官である山鹿氏の存在は、若き執権北条時頼や幕府首脳にとって、心強い存在だったに違いない。

　山鹿氏総領家は南北朝期に没落するが、室町から戦国時代にかけて、庶流だった麻生氏が幕府奉公衆として勢威を振るう。しかし、一族が分裂に乗じた大内・大友・毛利氏の介入を招き弱体化する。戦国末期には遠賀郡の帆柱城・花尾城・山鹿城を維持するのが精一杯だった。　
　天正15年(1587年)、豊臣秀吉の九州征伐に伴う麻生氏の筑後移封により３城とも廃城になった。