「蘆の芽吹くとき 」 ② 

— 麻生家宗(宗教)と多々良浜合戦 ー

→【解説】 情報と経済から視た「多々良浜合戦の奇跡」

 尊氏が鎮西の土を踏む前夜のことである。麻生宗教は、松明の煙すら嫌うように暗がりの中で一人の男と声を潜めていた。男は肥前松浦党の、海に生きる一族の者であった。かつて博多の(おきの)(はま)で元国や高麗から着いた唐船の荷を共に捌いた旧知である。

「菊池は数万というぞ。二郎、持てぬ荷は担がぬものだ」

 二郎とは、宗教の若き日の名である。商人のような口調で言った男に対し、宗教は暗がりの中で白い歯を見せて笑った。

「数は虚像(うつろ)よ」

 宗教の胸中には、冷徹な計算があった。彼はすでに尊氏に対し、ある条件を提示し言質を得る肚づもりでいた。それは「唐船役の免除」である。博多に入港する中国船に課される関税を免除されるということは、当時の北九州の武士にとって一国の守護職を得る以上の巨利を意味した。

「あれらは、もとは足利を頼もうとした者どもだ。利が動けば、軍勢など一夜で砂のように消える。博多の利をみすみす菊池の山猿どもにくれてやるのは、海商の名折れではないか」

 男は腕組みをしたまま押し黙った。潮の匂いのする男の沈黙を、宗教は見逃さない。

「勝ち馬に乗れとは、さすがに言えぬ。ただ、こちらが勝ちそうに見えたときだけでいい。そのときは、すかさず菊池の背中を衝いてくれ。それだけで、お前たちは足利の世を謳歌できる」

 男は無言で頷いた。宗教の眼の奥にある、中世の国人特有の、生存を賭けた「狂気」のような執念に、海商としての計算が納得したのである。

 建武三年三月二日、

 多々良浜を吹き抜ける玄界灘の北風は、容赦なく兵たちの眼を叩いた。巻き上がる砂塵は、敵味方の旗印さえも白く塗り潰していく。一千に満たない足利勢に対し、菊池武敏が率いる軍勢は少なく見積もっても万を越えている。その圧倒的な気配が、砂の向こうから巨大な熱量となって押し寄せていた。

 宗教は、尊氏の脇に控え、じっと戦機を窺っていた。風向きが変わった。うっすらと視界が開ける。

「松浦が動くまで、死んでもこの位置を下がるな」

周囲の己が小勢にそう下知すると、宗教は砂混じりの唾を吐き捨て、太刀を抜いた。

 戦いは、右翼から火を噴いた。わずか三日前に無惨な最期を遂げた父・妙恵の仇を討たんと、少弐頼尚の三〇〇余騎が、菊池の前衛、城・赤星勢に死物狂いで激突したのである。さらに足利随一の猛将仁木義長が、抉るような猛攻で敵の側面を突破した。義長の一隊は、筥崎松原を一気に駆け抜け、博多の須浜まで突き抜けた。

 序盤は、少弐の奮戦もあって足利方が優勢であった。さしもの菊池勢も一町(約百メートル)ほど後退した。しかし、激怒した主将武敏が旗本を率いて反攻に転じると、戦場の景色は劇的に変じた。その狂気じみた軍波は、瞬く間に足利勢を押し返していく。多々良浜は無数の男たちの叫声と悲鳴に満たされた。その間隙で、菊池武敏の鋭刃が大友を粉砕し、直義の本陣を疎らに変えていく。陣を引き裂かれつつある直義が、退路のない砂浜で真に自害を覚悟した絶望の瞬間であった。

「いけませんな」

 かたわらで、高師直がひとりごちた。その隣で同族の師泰も眉を顰めている。総帥の尊氏は、ただ茫然と惨状を見つめるだけであった。

 この男は、平時は呆れるほど気が弱く、戦場では時に神がかった狂気を見せるという、一風変わった精神の持ち主であった。

 そこへ、直義の陣から血まみれの伝令が駆け込み、一片の布を尊氏に差し出した。ちぎられた直垂の右袖である。それは弟から兄への、今生の告別を意味していた。

 その瞬間、尊氏のなかの何かが弾けた。

「行くぞ、直義を救う!」

 それまでただ坐っていた尊氏が、泥を撥ね上げ、自ら先頭に立って駆け出した。左右の諸将たちも徒歩でその背を追った。宗教もまた、泥を蹴って即座に続いた。

「殿が動かれたぞ! 遅れるな! 殿とともに進んだ者が、次の世を謳歌するのだッ!」

 宗教の咆哮が、風の音を切り裂いた。

 中世の武士にとって、戦とは恩賞を得るための「契約」にすぎない。彼らは天皇や将軍のために死ぬのではない。一族の土地を守り、増やすために戦うのである。だが、将軍の身近で戦ったという事実は、一族の誇りとして未来永劫語り継がれる。宗教の眼は、もはや戦局の全貌ではなく、尊氏の背中一点に釘付けになっていた。

 新手の決死の突撃に、菊池の本軍も一瞬ひるんだ。

 その刹那、地鳴りのような音が菊池の背後から起きた。松浦党が動いたのである。

 彼らが菊池の陣を背後から突き崩し始めると、それを見た龍造寺、深堀、さらに津久井、執行といった肥前・筑前の国人たちが、堰を切ったように菊池勢に襲いかかった。

 大勢は決したと、彼らは直感したのである。数万という巨大な軍勢は、内側から腐り落ち、自重で崩壊していった。昨日まで隣で戦っていた者が、次の瞬間には背中を刺す。多々良浜は、血と砂が混じり合った阿鼻叫喚の坩堝(るつぼ)と化した。

 宗教は、逃げ惑う菊池の兵を泥の中に踏みつけ、修羅の如く太刀を振り続けた。

「遠賀の住人、麻生宗教! 確かにこの目で見届けたぞ!」

彼は誰にともなく叫んでいた。自らがこの場に立ち、尊氏の逆転劇を支えたという事実を、戦場の神々に、いや、未来の一族に対して叩きつけるかのように。

 淡い陽光が傾きを増した頃、数万を誇った宮方の軍勢は、嘘のように消え失せていた。

 宗教は、血を吸って重くなった甲冑を軋ませながら、尊氏の傍へ歩み寄った。尊氏の手には、大友から贈られた名刀「骨喰(ほねばみ)」が、返り血を纏って鈍く光っている。

「宗教、生きておったか」

 尊氏の掠れた声に、宗教は泥のついた膝を折った。この無欲に見える大将を、自分たちが押し上げねばならぬという、国人としての妙な愛着が湧いていた。

「殿、これより全土の武士が、殿の足元に跪きに参りましょう。……感状が、いくらあっても足りませぬぞ」

 急速に広がる浜に、宗教の言葉通り、武士たちが次々と「軍忠」を報告しに集まってくる。彼らは悪びれる風もなく、つい数時間前まで敵であった尊氏の前に平伏した。それが中世という時代の、剥き出しの合理性であった。

 大潮の干潟はすでに白く光る泥原となり、その遥かな果てに音もなく、細く青い海と一条の白い波頭が幻のように浮かんでいる。

 かつて六波羅で尊氏に拾い上げられた鎮西の敗兵は、いまや天下を動かす激流の一番端に、初夏の蘆芽のように力強く立っていた。

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